リオネット補聴器アンバサダーとしての私

2歳の時に後ろから呼んでも振り向かない、テレビにピッタリくっついてる姿を祖父が見て
「聴力に異常があるのではないか?」と
言われ病院へ連れていくと進行性の先天性感音難聴だとわかりました。

そこから両耳に補聴器をつけ始めました。

18歳で「海は誰にでも平等な世界」と気づきボディーボードの世界に魅了されていきます。
20歳の時に「あと5年で聴こえなくなる」と言われ、人工内耳の手術を勧められましたが
「手術をしたら激しいスポーツは出来なくなる」と言われました。
手術をして聴こえるようになる人生を選ぶか、そのまま手術はしないけど
やっと見つけた平等な世界=プロのボディーボーダーになる人生を歩むか2択の選択に迫られました。
結果はご覧の通り、手術はしませんでした。

その時に言われた医師の先生の言葉は
「今の補聴器の技術はどんどん進化しているからね。きっと君が聴こえなくなるリミットを過ぎても
補聴器が頑張って君の耳の代わりになると思うよ」でした。

今ではその言葉の通り、私の今の聴力はほとんど聴こえて居ませんが
補聴器が私の耳となり、「宝物」となっているのです。

「リオネット補聴器」はそんな私をいつもご支援して頂き、
新しく補聴器ができるとモニターとして常に最新の「音」を聴かせてくれます。

初めて防水補聴器が出来て、海に恐る恐るつけて行った時は、とても驚きました。
「音が海に跳ね返って大きくなるみたい。すごく賑やかでびっくり!
今までは海の上でお喋りしてる仲間が羨ましかった。
これからは挨拶してくれた友達の声も聴くことが出来るし、
波の音も聴くことが出来る!」ととても感動したのを覚えています。

補聴器は私の「宝物」です。可能性は無限にあります。
少しでも多くの聞こえにくい人が「補聴器という宝物」を通して素晴らしい音を聴き続けることが出来ますように。
精一杯リオネット補聴器アンバサダーとして活動していきたいと思っています。

リオン 株式会社 代表取締役社長 清水 健一 様 コメント

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