お知らせ

リオネット補聴器アンバサダー継続のお知らせ

リオネット補聴器アンバサダーとして2026年度も継続して契約をして頂くことになりました。
2007年からサポートして頂き、今年で19年目になります。

2歳の時に、祖父に「もしかしたら由美恵は耳が聞こえないかもしれない。病院に行って診てもらえ」と言われた事がきっかけで昭和医大に行き「両耳ともに、進行性の突発性感音難聴ですね」と言われました。
当時はポケットに入れる長方形の補聴器で、走るとポケットから落ちそうになるためポケットを掴んで走っていたことを覚えています。

3歳から補聴器人生がスタートしました。
当時は、慣れないため補聴器をすぐに取っては隠してそれを母が探して見つけ出すと言うことを繰り返していました。
病院とリオネット補聴器販売店さんへ通う日々のこと、懐かしく思い出すこともあります。

私の耳は聞こえるようにはならなく「進行性だから25歳になるころにはもう聞こえないだろう」と病院で言われ人工内耳の手術を勧められました。
手術を受けたら激しい運動はやめなければいけないと言われた時に、当時は海という平等な世界を見つけたため、聞こえるようになる事よりもやっと見つけた海の世界で生きたかったからこそ、迷わず手術を受けない道を選びました。

でも 選ぶことが出来たのは、私には補聴器があったから。
3歳からつけ続けてきた補聴器は、もはや私にとっては「耳」そのもの。
どんな時も朝起きて寝るまで補聴器をつけて、私の1日が始まります。
補聴器がどんどん進化していくから、より、音が美しく「聞こえる世界ってこんな感じなのかな?」と思うほど。
そして補聴器の良いところは、きっと聞こえる人だったら「後ろの音がうるさいな・・」と感じるような音や
自分好みの音の聞こえ方に調整ができること。
あとは学生だった時はキーキー怒ってる先生がいる時はスイッチを切れば聞こえないからラッキー!(笑)なんて。

今では補聴器を通して聞こえることが本当にありがたい。
新しい音があると、何の音だろう?もっと聞きたいなとその音がどこから聞こえてくるのか探すこともあります。
何より、家族や友人が私を呼ぶ声は死ぬまで、ずっと聞いていたい。

本当なら25歳で聞こえなくなるはずの私はまだまだ音を聞くことが出来ます。
昔よりもさらにクリアに、そしてデジタル化してスートフォンと連携しているから呼び出し音も聞く事ができ、
とても助かっています。

読唇術と手話の両方を使い分けて、生活をしていますが時々「聞こえてるよね?」と間違われるほどです。
今の私の活動を支えてくれ、多大なるご支援をくださり、共に19年間の月日を歩んできたリオネット補聴器。

私がいつも「聞こえないことは宝物」と思えるのはリオネット補聴器がいつもそばにいるから。
これからも、素晴らしい音をこれからも聞き続けていきたい。リオネット補聴器アンバサダーとして
感謝の気持ちを込めてこれからも精進して参ります。

大好きなハワイのノースショアとウエストマカハで撮影をしてくださった時の映像とコマーシャル映像がありますのでぜひお時間のある時にご覧くださると嬉しいです。
これからもリオネット補聴器アンバサダーとして皆様どうぞよろしくお願いいたします。
大きな感謝を込めて。BIG MAHALO

 

 

 

 

 

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